体験談

試練を乗り越えるきっかけは炊飯器の釜についた米粒でした

茶わんの中に食べ残った米粒が気になったことありますか?

わたしは茶わんの中に、一粒も残さないで食べるように心がけています。

それでも炊飯器の中には、数粒がどうしても残ってしまうのです。

米粒

 

こういったことはよくある話だと思います。

しかし、失業して就職もできずにいた時に、試練を乗り越えるきっかけなりました。

 

試練を乗り越えるために悩みました

 

この米粒を見たとき……。

わたしはこの米粒が自分のように見えた時がありました。

 

釜についたわずかな米粒など、どうでもいい事なので、普通はそのまま洗って片づけてしまうでしょう。

 

特に気にとめることでもないと思うのです。

 

この米粒は排水溝に流れるか、生ごみとして捨てられる運命となります。

 

この米粒は、これまで数々の試練を乗り越えて、コメとなって人の役に立つため頑張ってきました。

 

しかし最後の最後で、人の役にも立てずに、ごみとなって終わるのです。

 

就職できずに3年も遊んでいるような状態だと、ついついこの米粒が自分と重なって見えるときがあります。

 

自分は役に立たない存在で、ごみになる運命のように感じていました。

 

同じ米粒でも役に立つ米粒もあれば、炊飯器や茶わんに残って、ごみとなってしまう道もあることに気づいたのです。

 

ところが視点を変えれば、また違った考え方にもなってきます。

 

 

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試練を乗り越えるきっかけは米粒が教えてくれた

試練を乗り越えるきっかけを、米粒が教えてくれました。

 

今の状況を前向きに考えると、状況は違って見えるかも知れません。

 

炊飯器で炊かれた米粒の大半が一般的な生き方をする一方で、釜の端っこにくっついて別な冒険をする米粒もいるという見方だったらどうでしょう。

 

サラリーマンとして働くレールから弾き飛ばされて、もうレールに戻れないとなったら、新しいレールがあるはずです。

 

その新しいレールに乗ってみようという考え方もできます。

 

人間の一生なんて最終的に生きつく先は皆同じです。

 

不幸と思ったことが幸いすることもあると、ことわざにも書いてあります。

「人間万事塞翁が馬」
(にんげんばんじさいおうがうま)

人間万事塞翁が馬とは、人生における幸不幸は予測しがたいということ。 幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえ。
出所:人間万事塞翁が馬 - 故事ことわざ辞典

 

失業して再就職できなかったことで、落ち込むこともないし、これが結果的にいい方向へ行く道かもしれないと思いながら、自分で仕事を始めてみました。

 

すると、一年後位から自分の力でお金を稼いで、生活できるようになってきたのです。

 

会社で働くより自由な時間も増えました。

 

立ち止まって悩むばかりではなく、考えて行動するとまた違った結果になってきます。

 

試練を乗り越える働き方を探す

実るほど頭を垂れる稲穂かな
(みのるほどこうべをたれるいなほかな)

立派に成長した人ほど、頭の低い謙虚な姿勢であるという事を意味することわざです。

 

私は55歳という年齢を重ねてきて、別な意味で「頭を垂れる」ことになってしまいました。

 

まさかの55歳で失業してしまい、再就職先を探してもどこも雇ってくれないのです。

 

下を向いて歩く毎日が続いてしまいましたが、こんな形で頭を垂れた人生を迎えるとは残念な気持ちでした。

 

50代後半からこういった生活になると、ネガティブに考えると精神的に応えます。

 

2年、3年も就職できないでいると、生き方自体に自信が持てなくなるのです。

 

しかし、考え方次第で変われます!

 

わたしはこれまでの自分の働き方を変えることにしました。

 

そしてサラリーマンとは全く違う働き方に変えたのです。

 

50代後半で失業したら、それは間違いなく試練でしかありません。

 

与えられた試練だとすれば、それには意味があると思うのです。

 

これからの人生を生きていくために必要なことが、分かっていなかったからこそ、試練が与えられたのかも知れません。

 

60代、そして老後という人生は厳しいぞ!と。

 

55歳まで働いてコツコツと貯めた老後資金も、50代ですべて失ってしまいました。

 

老後資金ゼロで60代に突入し「甘ったれた考えを捨てろ」という試練だったようです。

 

試練を乗り越えるならインターネットとパソコン

60代一人暮らしで、老後資金ゼロという試練を与えられた人はいますか。

 

自分のことだけ考えればいいとなったら、あなたならどうするのでしょう。

 

わたしは炊飯器の釜に残ったコメ粒を見て悟りそうになりました。

 

まだまだ悟りを得た人生にはなっていませんが、失業が幸いしたことは間違いありません。

 

インターネットとパソコンを利用していますか。

 

昔と今の時代の大きな違いの一つに、インターネットとパソコンがあることです。

 

これを利用することで、働き方は変えられるということに気づいてしまいました。

 

わたしの中での「お金は会社で働いて稼ぐもの」という概念が消えたほどです。

 

インターネットとパソコンがあれば、仕事はどこでもできます。

この働き方もその一つです。
クラウドワークス

全ては本人のやる気次第で、何とかなる時代になってきました。

 

インターネットとパソコンのある時代に生きていたことに気づいて、わたしはこの試練を乗り越える事ができました。

 

今では自営業をしながら自由な時間も増えて、ブログを書いていられます。

 

諦めさえしなければ、試練は乗り越えられると確信できました。

 

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